Tag : ソ連
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日ソの最初の衝突で、最強の状態の日本軍がどうして最弱のソ連軍に負けたのか?

1938年夏、日本とソ連は中国東北で武力衝突を起こした。これが日本とソ連の初めての正面衝突だ。

1938年の日本軍は総動員を開始してはいなかった。第18師団の兵士たちは長期の厳格な訓練を受けた精鋭で、上官も正規の軍事学校を卒業した職業軍人だった。軍事指揮能力と戦術的な素養を持ち合わせた非常に強力な戦闘力だった。日本軍が第二次世界大戦で絶頂に立つ時期だった。逆にソ連軍は、大粛清を経験したばかりで、多くの軍師たちは必要な軍事指揮の能力も経験も欠いていた。ソ連軍が歴史上最も戦闘力を落とした時期だった。張鼓峰事件の1年後、ソ芬戦争が起きたとき、ソ連軍は実力では遠く劣るフィンランド軍に負けてしまった。





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中国は日本に優しすぎた?ソ連軍は日本人捕虜を銃殺したが、その理由はあまりにも理不尽なものだった・・・

1945年8月、60万人近くの日本関東軍はソ連軍に負け、捕虜となった。
そのうち、大半はシベリアに送られ、労働力にされた。寒さ、飢え、病気に耐えきり、日本に帰還できた捕虜は半分ぐらいだった。
そのうちの一人に松本さんという人がいた。





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原爆は「富士山爆破計画」から日本を救った?ソ連が恐ろしい作戦を立てたらしい

原爆のおかげで、日本は降伏した。しかし、もし原爆がなければ、ソ連が立てた「富士山爆破計画」が実行されるかも知れない。そしたら日本は地球上から消されたのだろう。





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日中戦争で、中国軍は八年間にわたって45万の日本軍兵士を殺したのに対して、ソ連はわずか6日間で75万を殲滅した。この差はなんなのか?

1937年戦争勃発から1945年8月15日まで、日中戦争は八年間も続いた。戦後の調査では、日本軍が中国で中国軍の攻撃を受けて、怪我をしたり死亡したりした兵士のの数は137万だった。そのうち死亡した兵士の数は45万で、8000人が捕虜となった。

しかし、1945年8月9日に、ソ連が日本関東軍を攻撃し始めてから、日本降伏までのわずか6日間で、75万人の関東軍が戦死し、60万人が捕虜になった。その差はなんだったのか。





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日本はなぜロシアを恐れているのか、その理由は歴史の中にあった

中国と日本はお隣だ、彼らの関係は隋朝から今日まで途切れていない。だが歴史上の中日関係は良い時も悪い時もあった、唐朝の時には中国と日本は戦争をしたことがある、元朝、明朝でもそうだった。ただあの頃は実力があり、日本人には一歩も譲らなかった、だが清朝末期の甲午戦争では、日本に惨敗してしまった。それから30年代の日本侵華戦争では、中国人民はさらに深刻な痛手を負った。そして今日に至るまで、我々は日本の侵略の矛を防ぎ続けている。





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主に中国本土の掲示板やニュースポータルから日本に関連する書き込みを翻訳してまとめています。

5/11
どうにも検索的によろしくないみたいなので、タイトルスタイル変更
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