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百田尚樹「中国文化は日本人に合わぬ。漢文の授業廃止を」

日本はなぜ、中国の脅威を感じながらも適切な対抗策を取れないのか。
作家の百田尚樹氏は、その背景には日本人の勘違いに基づいた「中国への憧れ」があると語る。

中国の尖閣諸島への“侵略”は日に日にエスカレートしています。
ただし、意外かもしれませんが、尖閣周辺の東シナ海や南シナ海で暴れ回る中国に対峙しようという時に、もっとも弊害になっているのが日本人の「中国への漠然とした憧れ」です。

皆なんとなく『史記』が好きだし、時代作家は『三国志』を書きたがる。
江戸時代の儒学者はとくにそうですが、長い間、日本人の間には中国は「歴史ある偉大な国」「文明的ないい国」だという誤解があった。

そもそも、なぜ学校で「漢文」の授業があるのか。
英語と違って使う機会なんてないし、あれは趣味の世界だと思うんです。
子供の頃から誰でも知っている「中国4000年」という言葉も、あの国への無意味な憧れを生んでいます。

それらが醸成する漠然とした「中国への憧れ」があるから、「なんだかんだ言っても、最後は仲良くできる」「全面戦争は仕掛けてこない」という幻想が生まれているのだと思います。

実際の中国は、異民族が次々に侵入してきては王朝を打ち立ててきた歴史です。
易姓革命で王朝が変わるたびに民衆の大虐殺が行われてきた。
そんな歴史のどこがいいというのでしょうか。
今、中国が本気で日本を奪りに来ていることは誰の目にも明らかです。

そもそも中国文化は根本的に日本人には合いません。
例えば故事にある「宋襄(そうじょう)の仁」は、紀元前の宋の国の襄公という人が、参謀から「敵が川を渡っている最中だから、今攻めれば勝てる」と進言されたのに、「そんな卑怯なことはできん」と相手が川を渡り終えてから正々堂々と戦って、負けたという話です。
無用な情けということで、中国では「大バカ者」という意味です。

上杉謙信の美談となっている「敵に塩を送る」なんてメンタリティは中国人には通用しません。
どんな手を使っても、とにかく勝ちさえすればいいというのが中国の文化なのです。

かつての日本は、今よりももっとうまく中国とつき合ってきました。
中国の力が強大だった時は遣隋使や遣唐使を遣って制度や文化を取り入れましたが、それも平安時代になったら「もう中国の文化はいらん」とやめました。

中国の文化も、すべてを受け入れたわけではありませんでした。
生身の人間の肉を少しずつ切り落としてじわじわ殺す凌遅刑は残酷だからとシャットアウトしたし、科挙も宦官も入れなかった。
纏足の習慣も日本では根付きませんでした。
朝鮮半島はそれらすべてを無条件に受け入れましたが、日本は取捨選択をキチッとして独自の文明を育んだのです。

それを考えれば、現在も中国に対する漠然とした憧れを持つことはやめるべきだし、そんな勘違いを育む漢文の授業も廃止したらいいのです。





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5/11
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