Tag : 盧溝橋事件
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香港人が“七七事変”記念日に日本領事館前で抗議活動

7月7日は“七七事変”の79周年記念日。つまり日本が侵略戦争を始めて79周年である。7月7日当日、香港のたくさんの団体が日本領事館前で抗議活動を行った。
民建連、工連会及び香港索償協会等、多数の団体の代表100人余りが日本領事館前でデモ活動。日本政府が中国侵略の歴史を認め、責任をとり、軍事拡張を止め、中国主権を尊重することを要求した。
香港には悲惨な三年八か月間の日本占領時期がある。香港人は一致団結し、日本の軍国主義復活を警戒しようと呼びかけている。





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抗日戦争生存者「日本が罪を認めない限り、中国は友達にならない」

抗日戦争勝利から80年近い。
95歳の戦争体験者は、当時の銃弾の雨が降った日の事を思い出すと、今でも身震いしてしまうという。

1937年7月7日、銃弾が一般市民の平穏な生活を奪った。
当時17歳だった閻桂茹は結婚して間もなく、盧溝橋から100メートルほどのところに住んでいた。
「突然銃声が鳴り響き、『日本鬼子が来た!』と誰かが叫び、家に飛んで帰って鍵を閉め、床下に隠れました」と当時を振り返る。
「私はとても怖かった。みんな怖がっていました。いつこの銃声が止むのかと」盧溝橋事件は日本軍が北京を占領する口実となり、これをきかっけに8年間の全面戦争が始まった。
中国側の計算では、2000万人の中国人がこの戦争で亡くなった。

銃声が止んだ。
彼女の両親、旦那、姉妹は怖くてその後何日も外に出ることができなかった。
結局、彼女たち一家は日本人の被害にあうことはなかった。
「神様、ありがとう」。
しかし、「日本人は私たちが飼っていたブタや鶏など、食べられるものを奪っていった」。

7月7日、盧溝橋で行われた、抗日戦争勝利70周年記念式典。
記念活動は、9月に北京で大大的に行われる。
国家新聞出版や広電総局は、10本の映画、20本の記録フィルム、3本のアニメ、100種類の図書、20種類の音声作品を出版・放映することを決定している。

閻桂茹は、今でも1937年に住んでいた場所に住んでいる。
「日本は今になっても過ちを認めない。私は日本は永遠に中国と友達にはなれないと思う」と語った。




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5/11
どうにも検索的によろしくないみたいなので、タイトルスタイル変更
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