Tag : 神風特別攻撃隊
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日本の神風特攻隊の人の遺書を見てみよう

上原 良司(うえはら りょうじ、1922年9月27日 - 1945年5月11日)は、大日本帝国陸軍軍人。 陸軍特別攻撃隊第56振武隊員。1945年5月11日午前6時15分、陸軍特別攻撃隊第56振武隊員として他の隊員たちと『男なら』を合唱したあと愛機の三式戦闘機「飛燕」に搭乗し知覧基地から出撃、約3時間後に沖縄県嘉手納の米国機動部隊に突入して戦死、享年22。
戦没学生の手記『きけわだつみのこえ』(岩波文庫)では彼の「所感」という題名の遺書が巻頭に掲載されている。





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日本が「神風特攻隊」世界遺産申請へ

鹿児島県南九州市知覧町は太平洋戦争末期に組織された「神風特攻隊」の基地が置かれた町。
「知覧特攻平和会館」には特攻隊員の遺物など関係資料が約1万4000点収蔵されている。
15日付で北京青年報が伝えた。

南九州市の霜出勘平市長は、これらの資料について、昨年に続いて今年も国連教育科学文化機関(ユネスコ)に世界記憶遺産の登録申請を行うと発表した。
南九州世界記憶遺産推進室室長を務める同会館の上野勝郎館長らと東京都内の外国人記者クラブで会見し、記憶遺産への登録申請は「世界中の人々に戦争の悲惨さを伝え、2度と同じことを繰り返さないためだ」と改めて説明した。

だが、外国人記者からは申請の動機に対する強い疑問が投げかけられた。
中国国営新華社の記者は、「市長らは低姿勢だったが、記者の質問には黙り込んでしまったり、お決まりの言葉を並べ立てたりするだけだった」と印象を語った。

英紙タイムズの記者が「同会館を参観してみて、神風隊員は崇高な死を遂げたという印象が残った」と質問すると、市長らは「展示物の説明では平和の尊さを前面に押し出している」と答えた。
ドイツ人記者からは「戦争を繰り返さないためには責任の所在をはっきりさせる必要がある。誰が責任を負うべきだと思うか?」と聞かれたが、「自分たちは答える立場にない」と回答を避けた。

新華社記者によると、同会館では神風特攻隊員が「悲劇の英雄」として扱われていた。
参観した人が戦争への反省ではなく、特攻隊員への同情や崇拝を抱くようになっており、まるで自分たちは戦争の被害者と言わんばかりだったと指摘している。




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