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日本人を鬼子と呼ぶようになった経緯

日清戦争前、清朝の大臣・李鴻章が使節として日本に行った。
会談が終わって、双方が合同記者会見を行ったが、日本人が世間に武力を誇示する上に、文化上でも清朝を侮辱したかった為、記者が集まると日本側が関係のない問題を提示した。

「日本に対聯の前の句があるが、下の句がない。だから漢文の生まれの地の人に頼みたい。」

と、上の句を出した。

「騎奇馬、張長弓、琴瑟琵琶、八大王、并肩居頭上、単戈独戦」

この日本の前の句の意味は:日本は、兵隊が強く、千里を走れる馬に乗り、使ってる弓の射程は長く、八人の王がいて、彼らは傑出した知恵と遠大な計略を持っていて、文徳を示し武力を見せる。だから日本は中国に勝てるだろう。

これに対し、李鴻章も弱みを見せず、日本にすずりや墨を用意させ、紙を敷かせた後、下の句を書いた。

「倭人委、襲龍衣、魑魅魍魎、四小鬼、屈膝跪身旁、合手擒拿」

記者たちが見て、素晴らしいと評価した。
その意味は:やはり倭寇だ。清朝の龍服を盗みに来たのか。兵は強く馬も頑強というが返り討ちにしてみせよう

それから、みんなは日本人を倭寇と呼ばなくなり、四小鬼を元に「鬼子」と呼ぶようになったそうだ。





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5/11
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