Tag : フライングタイガース
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なぜ抗日戦争で米国がいなければ中国は日本に勝つことができなかったと思う人がいるのか。

第二次大戦ではアメリカは中国を支援していた。
でも実際は自分の利益の為だけに出兵した。
後に日本が真珠湾を爆撃したために開戦した。
これは感謝するべき?
中国が常任理事国に入るのを、アメリカはかつて拒んだ。
ソ連でも当時の日本を倒すことは出来た。
アメリカがそれを速めただけだ。
中国の抗日の主力は国軍。
日本は国軍と8年も戦って倒すことができなかった。
共産党軍が国軍を破ったのは3年。
アメリカと日本は4年戦った。
中国は朝鮮でアメリカをリーダーとする連合軍と戦った。
実質、アメリカ軍だ。
アメリカが投入した軍事力は、当時のアメリカの全兵力の3分の1ほどにあたる。
朝鮮戦争は価値があったという人と、戦う価値がなかったと言う人とがいる。
でも何十万もの解放軍が中国の安定した発展のための基礎を築いたことは間違いない。




中国の反応を読む

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抗日戦争の中国空軍は割と頑張っていた!

八年の抗日戦争で中国空軍は1543機の日本戦闘機を撃墜し、330機を破損させた。爆撃、追撃、偵察、運送などを目的とした出動は18500機で、空戦での出動は4027機だった。どうやってこのような優秀な成績を残したのか?

1937年8月淞沪での戦争前に、日本軍は戦争に使える航空機は約2300機、用意していた戦闘機は約280機だ。その反対に中国の空軍を見ると、全部合わせて約600機、日本の七分の一にも及ばない。

戦争が始まって3ヶ月間、中国空軍は援助のない状況で、日本の戦闘機30機を撃墜し、パイロット327人を仕留めた。だが、中国空軍の残りの戦闘機はわずか30機だけだった。

1936年からソ連は中国に志願航空隊を援助する動きを見せていて、1937年10月から、1938年末までに、ソ連戦闘機471機が蘭州へ到着した。また1940年、ソ連はI-16(ポリカルポフ)戦闘機150機、Il-4(イリューシン4)爆撃機20機、Ar-2(アルハーンゲリスキイ2)急降下爆撃機30機を援助した。1940年に至る前は、中国の戦闘機は49機のみ。日本には960機以上の航空兵力があった。

日本側の分析は客観的だった。
二つの時期を対比した、日本が記した戦争の状況。

1942年7月から、中国に存在した航空機はますます活躍した。7月1日、9機のB-25爆撃機が九江と漢口を襲った。2日、3日も3機のB-25爆撃機が漢口の海軍を襲った。3日はまた5機のB- 25爆撃機、4機のP-40戦闘機が南昌の空港を襲った。6日自雲空港を襲った。9日また2機のP-40戦闘機が南昌の空港を襲った。

戦争の末期、中国空軍が制空権を得たのは、上記の通りアメリカのおかげだ。1945年1月、中国にいたアメリカ軍は32956人で、その内23960人が空軍兵だ。その後、毎月空軍の人数は増えていった。8月15日戦争が終結時、中国にいたアメリカ軍は60369人、空軍34726人。

参考資料
李玉贞『抗日戦争における中国の航空戦力』
王跃如『太平洋戦争、空軍における米中協力』




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