Tag : 日清戦争
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物持ちの良すぎる日本

これらの砲弾と砲身は、甲午戦争(日清戦争)における、日本軍の戦利品だ。
最初の砲弾は北洋水師(北洋艦隊)「定遠」の砲弾だ。
史料によると、当時の定遠には砲弾が五十発しかなく、日本の「吉野」には千発以上あったそうだ。
砲身は光緒二年に作られたものだ。
これらの戦利品は佐世保海軍墓地に置かれており、日本の英霊を慰めているそうだ。




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日本は遥か昔から中国の弱点に気付いていた

甲午戦争(日清戦争)の時の清国は「ハードウェア」では日本をリードしていたが、「ソフトウェア」では大きく遅れていた。
それは賄賂による腐敗だ。
支配層の制度上の混乱で有効な政策を打ち出せないばかりか、動員能力、行政効率、金融財政、国民の教育レベル、愛国精神などの弱点まで世界に曝け出していたのだ。
当時の著名なジャーナリスト宗方小太郎は「全民腐敗の国家がどうすれば日本の強烈な一撃に抗うことができようか」、こう述べている。




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GDP世界一なのになぜ中国は日清戦争で負けたの?

日本のネット民がこんなスレを立てた。日本と清朝の仇に発生した日清戦争(甲午戦争)、当時清朝は世界一のGDPを有していたのになぜ負けたのか?

当時の日本のGDPは清朝の5分の1だったが、不思議なことに清朝は日本に負けてしまった。国の実力はGDPだけではない。工業、農業、サービス業もGDPには含まれる。GDPの数字が同じでも発展レベルが同じとは限らない。農業国と工業国では全く状況が異なるのだが、「日本と清朝はまさにそうだった」。日本は明治維新の後、各領域で西洋から制度、文化、技術、そして生活様式まで取り入れ、徹底的な改革を実現した。そして工業化を急速に進めたのだが、「中国は違っていた」。中国が西洋から学んだのは「単純な技術のみだった」、そして如何なのは縁木求魚(目的に合わない方法を取り、成果が得られないこと)になってしまったということだ。
これについて日本のネット民たちは議論を交わした。




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もし日清戦争で清朝が勝ったらどうなってた?

列強になってた?




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日本軍が行った旅顺大虐殺を知っているか?

これは甲午戦争(日清戦争)の中で、最も悲惨な事件だ。
1894年11月21日、日本軍が旅順に侵攻した後、城内で凄惨な暴行、虐殺等を行い、4日間で約20000人の中国国民が犠牲になった。
その後、日本政府があらゆる手段を使って、戦争の蛮行を隠そうとした。




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