Tag : 村上春樹
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村上春樹の父親は中国を侵略した軍人だった

作家の村上春樹さんが「文藝春秋」6月号で亡き父親の従軍体験をつづっている。この中には村上さんの父親が、自分の所属していた部隊が捕虜の中国兵を軍刀で「処刑」したことを打ち明ける描写がある。

村上さんの寄稿が掲載されているのは「文藝春秋」6月号。「猫を棄てるー父親について語るときに僕の語ること」と題されたエッセイだ。作家として活動していくうちにだんだんと疎遠になってしまった父親のことを、海辺に雌猫を一緒に棄てに行ったエピソードなどを通じて回顧している。

産経新聞によると、村上さんが家族について詳しく語るのは初めて。

この中で、父親の従軍体験について描写がある。村上さんの父親は、仏教の学習を専門とする学校に在籍していたが、1938年、20歳の時に事務手続き上の手違いで徴兵される。そして、軍馬の世話などにあたる輜重(しちょう)兵第十六連隊に配属され、中国の地を踏む。

父親は、当時小学校低学年だった村上さんに一度だけ「処刑」の記憶を明かしている。本人が直接手を下したかどうかは明らかになっていない。

村上さんは父親がこの話をしたことについて『このことだけは、たとえ双方の心に傷となって残ったとしても、何らかの形で、血を分けた息子である僕に言い残し、伝えておかなくてはならないと感じていたのではないか』とつづり、エッセイの最後には、それぞれの歴史を受け継ぐことの大事さに言及している。




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よく言った!村上春樹:歴史修正主義的な動きとは闘っていかなくてはいけない。物語という形で闘っていくことは可能

2月に長編小説『騎士団長殺し』(第1、2部、新潮社)を刊行した作家の村上春樹さんが、毎日新聞などのインタビューに応じた。
新作に込めた思いや小説家の役割について聞いた。

「騎士団長」はモーツァルトのオペラ「ドン・ジョバンニ」の登場人物に由来する。
オペラの冒頭で殺されるシーンがあるが、執筆前にまず『騎士団長殺し』というタイトルが浮かんだという。

「言葉の感触の奇妙さに引かれた。最初にあったのはタイトルと、(主人公が住む神奈川・)小田原の山の上というシチュエーション。画家というのは書いているうちに出てきた」

妻と別れ、喪失感の中で描くべき絵を求める主人公が住んだ山の上の家は、友人の父親で高名な日本画家のもの。
92歳の日本画家は高齢者養護施設に入っており、空き家になっていた。
その屋根裏で「騎士団長殺し」と題する絵を発見した後、主人公は不可解な出来事に巻き込まれていく。

「騎士団長殺し」と題する絵の背景には、ナチスのホロコーストや南京虐殺事件にまつわる歴史の傷も影を落としている。
どのような著者の思いが込められているのか。

「歴史というのは国にとっての集合的記憶だから、それを過去のものとして忘れたり、すり替えたりすることは非常に間違ったことだと思う。(歴史修正主義的な動きとは)闘っていかなくてはいけない。小説家にできることは限られているけれど、物語という形で闘っていくことは可能だ」




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村上春樹が「南京大虐殺はあった」と新作『騎士団長殺し』で主張している

村上春樹氏の新作『騎士団長殺し』が2月24日、日本で発売された。
この本の中で、村上春樹氏は「南京大虐殺はあった」と主張している。

小説の登場人物のセリフに、
「そうです。いわゆる南京虐殺事件です。日本軍が激しい戦闘の末に南京市内を占領し、そこで大量の殺人がおこなわれました。戦闘に関連した殺人があり、戦闘が終わったあとの殺人がありました。日本軍には捕虜を管理する余裕がなかったので、降伏した兵隊や市民の大方を殺害してしまいました。正確に何人が殺害されたか、細部については歴史学者のあいだにも異論がありますが、とにかくおびただしい数の市民が戦闘の巻き添えになって殺されたことは、打ち消しがたい事実です。中国人死者の数を四十万人というのもいれば、十万人というのもいます。しかし四十万人と十万人の違いはいったいどこにあるのでしょう?」
というものがある。




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どうにも検索的によろしくないみたいなので、タイトルスタイル変更
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